アリの歩みか!

映画・音楽・時事ネタ・その他 考えたこと、思いついたことをつれづれに書いていきます。

音楽ネタ 東京節(パイノパイノパイ)について

 
東京節 Tokyo_bushi (Marching Through Georgia) Enka ...

つい先日、東京オリンピックの開催が決定しましたので、地方出身の僕が東京を好きになるきっかけになった曲、東京節について書こうと思います。

 

東京節は、大正8年(1919年)に発表されたコミックソングで、東京の名所や

当時の暮らしぶり、政治に対する風刺がユーモラスに歌われています。

 

歌詞は替え歌が何種類かあるみたいなのですが、僕がとくに好きなのはこの5番。

 

東京の中枢は 丸の内 日比谷公園 両議院

いきな構えの 帝劇に いかめし館は 警視庁

諸官省ズラリ 馬場先門(ばばさきもん) 海上ビルディング 東京駅

ポッポと出る汽車 どこへ行く

ラメチャンタラ ギッチョンチョンで パイノパイノパイ

パリコト パナナで フライ フライ フライ

 

東京で繁華な 浅草は 雷門 仲見世 浅草寺

鳩ボッポ豆売る お婆さん 活動 十二階 花屋敷

すし おこし 牛 天ぷら なんだとこん畜生で お巡りさん

スリに乞食に カッパライ

ラメチャンタラ ギッチョンチョンで パイノパイノパイ

パリコト パナナで フライ フライ フライ

 

東京で自慢は なんですね 三百万人 うようよと

米も作らずに 暮らすこと タジれた市長を 仰ぐこと

それにみんなが 感心に 市長のいうことを よく聞いて

豆粕(まめかす)食うこと 痩(や)せること

シチョウサンタラ ケチンボで パイノパイノパイ

洋服も ツメエリで フルイ フルイ フルイ

 

東京の名物 満員電車 いつまで待っても 乗れやしねえ

乗るにゃ喧嘩腰 いのちがけ ヤットコサとスイタのが 来やがっても

ダメダメと 手を振って 又々止めずに 行きゃあがる

なんだ故障車か ボロ電車め

シチョウサンタラ ケチンボで パイノパイノパイ

洋服も ツメエリで フルイ フルイ フルイ

 

東京にも 裏には裏がある 鳥も通わぬ 島というが 

おてんとさまも 影見せぬ 暗くて臭くて 穴のよな

犬の小屋かと 思ったら どういたしまして 人間が
住んでおります 生きてます 

衛生論も 体面論も パイノパイノパイ  

パリコト パナナで フライ フライ フライ

 

これをはじめて聞いたのが、2002年の11月。上京して1年半、華の東京は

負の部分ばかりが目につき、その発展ぶりを心からは喜べませんでした。

 

そんなときにこの曲を聞きました。歌われていた小沢昭一さんの解説によれば

ラメチャンタラ」のラメでたらめらめで、「フライ フライ フライ」は

街角で揚げ物が売られていたからとのことです。

 

当時歌にあるように、丸の内には近代的な建物が並び、浅草は観光や芸能を楽しむ

人々で賑わっていましたが、下町では大家族が長屋の6畳間でひしめき合うように

暮らしているのもざらでした。

当時の東京人から見れば珍しい光景ではなくても、進んだ西洋人から見れば不衛生

不細工、まさに犬小屋のような生活に映ったのではないかと思います。

 

さて、ここからは僕の勝手な感想なのですが、作詞者の添田さつき氏は東京節に

 

「確かに、いまの東京は西洋列強の進んだ都市と比べれば、衛生論的にも、体面論的にもでたらめなところが多いかも知れない。しかし、だからと言って暗く落ち込むのではなく、そんなものはパイノパイノパイだと明るく笑い飛ばして生きていけばいい。  だが、いつか必ず東京は高く高く飛んでみせる。西洋列強に負けないような

大発展を遂げてみせる。フライ フライ フライだ。」

 

そんな心意気を込めているのではないかと感じたのです。この曲を聞いてから、

現在の東京の発展にいたるまで色々あったんだなと、欲望まみれの東京も少しずつ

好きになりました。もちろん、悪い意味で金のためなら何でもとかは無しですけど。

 

ともあれ、東京オリンピック決定万歳!

極力、被災地の復興の妨げにならないよう留意しつつ、復興費用が稼げるよう

さらなる大発展を遂げてやりましょう。

ごあいさつ 独りよがりはじめました。

頭のなかでは…日々複数人で「あーだこーだ」やり合っているのですが、はたから

見れば…やはり独りだ!

 

ということで、独りよがりを矯正するべくブログをはじめてみました。

暇なときにでも寄っていってください。時々、おもしろいことは約束します。